32柱の神さまが集う中島惣社 – 新大阪近く、48か村の総社【大阪市・東淀川区】
中島惣社【大阪市・東淀川区】
大阪市東淀川区にある中島惣社は、新大阪駅から歩いて行ける距離にありながら、静けさと歴史が漂う癒しの神社。
まちの記憶をそっと抱きながら、今も人々の暮らしに寄り添っています。
もともとは稲荷神社として五穀豊穣や商売繁盛などのご利益があるとされ、時代とともに天満宮や春日神社なども合祀され、まさに“地域の神さまたちの集合場所”に。
広い空の下、心にそっとやさしく寄り添うような佇まいです。
都会の喧騒を忘れて、心を整えたい日に。お散歩がてら、中島惣社でゆっくりと過ごしてみませんか?
街の記憶をそっと抱く、のんびり寄り道神社
JR新大阪駅からお散歩がてら、ふらっと立ち寄りたくなる静かな神社「中島惣社(なかじまそうしゃ)」。
歴史あるこの場所は、長年まちの暮らしに寄り添ってきました。
都会のにぎわいから少し離れて、ちょっとひと息つきたい日や、心をリセットしたい時におすすめの場所です。
五穀豊穣を願って…神さまとまちのつながり
創建の年代ははっきりしないものの、境内の石碑には白雉2年(651年)ごろの創立と刻まれています。
もともとは「稲荷神社」として、五穀豊穣や人々の暮らしを見守る神さまとして信仰されていました。
なんと、古代には孝徳天皇が難波の豊崎宮に都を移された際、当社に豊作を祈願されたという伝承も。
このとき、たくさんの田畑が神社の領地として寄せられました。
戦火で消えた記録、それでも受け継がれる想い
中島惣社には、かつて神社の歴史を伝える貴重な記録が大切に保管されていました。
しかし、慶長の大坂の陣(1614〜1615年)の戦火で、そのすべてが焼失してしまいました。
それでも、人々の信仰と想いは変わることなく受け継がれてきました。
さかのぼれば豊臣家もこの神社をあつく信仰し、社領の検地を行ったほか、豊臣秀頼公は「中島総社」の4文字を記した絹地を寄附しています。
地域の神さまたちをひとつに
明治41年(1908年)から翌年にかけて、周辺のさまざまな神社がひとつに集められます。
天満宮や稲荷神社、春日神社、八幡大神宮など、たくさんの神さまたちが中島惣社に合祀されました。
今の本殿には、主祭神の三柱のほかに、相殿として十二柱の神さまがお祀りされています。
そのなかには、天神さんこと菅原道真公や、速素盞嗚神(スサノオ)のお名前も。
境内の石碑によると、古くは中島郷四十八か村の総社として重んじられてきたのだそう。
さらに大将軍社に七柱、若宮社に十柱の神さまがいらっしゃり、すべて合わせると32柱にもなります。
大正時代の古書に残る中島惣社【大正の記録】
大正15年(1926年)に出た『大正大阪風土記』にも、中島惣社が載っています。所在地は「山口町」。
境内は1700坪あまりもあり、松や楠の老木がうっそうと茂って、社頭をおおっていたそうです。
神社が見守る地域には、国次・南方・山口・宮原・十八条など、たくさんの町の名前が並んでいました。
朱色の柱と緑の屋根、まるで飛鳥時代【参拝メモ】
2026年9月に参拝しました。周りに高い建物がなく、空が広い神社です。
境内から駐車場を挟んで、どっしりと鎮座する鳥居。くぐって境内に入ると、しっかり整備された石畳を通って拝殿でお参り。
訪れた日は天気がよく、朱色に塗られた柱と屋根の緑色、空の青と雲の白がマッチして、まるで飛鳥時代の雰囲気。
社務所の窓口には女性の方がおられ、御朱印をいただきました。
御朱印の印は「中嶋」になっていたので、古くは「嶋」だったのかも。
あとで調べると、江戸時代の『摂津名所図会』には「北中嶋惣社」と書かれているのだとか。
本殿には「稲荷神社」「春日神社」「事平神社」「皇太神宮」「神明神社」「須賀神社」「天満宮」「八幡宮」と、8つのお社がひとつになっているようです。
あとで調べると、本殿の額には「本殿合祀社名」として、これらの名前が並んでいたのでした。
さらに「楠正成公」「手名椎神」「足名椎神」「市杵島姫神」「大屋津比賣神」「五十猛神」「天宇受賣神」「御歳神」「大年神」「迦具土神」がひとつにお祀りされているお社も。
境内の石碑で「若宮社」と書かれているお社でした。
そして右奥手のほうに、近づきすぎてはいけなさそうなお社も。こちらの狛犬や鳥居は、ほかと見比べても古そうな感じでした。
ほかにも、金属の鳥居のある「忠魂碑」や、すごく立派で大きな「神馬」の像もあります。
あとで調べると、忠魂碑は戦争で亡くなった地域の方々を慰霊する碑。
金属の鳥居の奥にある石の鳥居には文化6年(1809年)の銘があり、昔の中島惣社の鳥居だったともいわれます。
広く開けた神社で、健やかな気分になりました。
ちょっと気になったのは、神社の隣にある駐車場の金網沿いに、古い鳥居と灯籠があったこと。
鳥居の先にはそれらしいものはなく、神社とどんな関係があるのでしょうか。
静けさとぬくもりを感じに、おさんぽついでに
境内に流れる、のびやかで落ち着いた雰囲気。
穏やかな風とともに、長い歴史にふれながら、ちょっぴりタイムトリップしたような気持ちになれますよ。
手水舎の横には、松尾芭蕉の句碑も。
「宮人よ わが名を散らせ 落葉川」と刻まれ、芭蕉の百二十回忌にあたる文化10年(1813年)に、このあたりの「落葉川」という呼び名にちなんで建てられたといわれます。
「今の自分にそっとエールを贈りたい」そんな日に、中島惣社を訪れてみてはいかがですか?
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