河堀稲生神社(河堀ノ宮)【大阪市・天王寺区】

天王寺区大道の、木々に囲まれた少し高い場所に鎮座する「河堀稲生神社(河堀ノ宮)」。

この神社は、神話に登場するヤマトタケルにゆかりがあり、長い歴史を今に伝える、天王寺区のパワースポットです。

ご利益は、商売繁盛・五穀豊穣・厄除開運と多彩で、地域の方々にとって日々の暮らしを支える身近な存在でもあります。

歴史の面影と地域の温もりを感じられる場所で、心にやさしい時間を過ごしてみませんか?

天王寺で、ちょっと歴史に触れるおさんぽを。河堀の宮で心をととのえる

にぎやかな天王寺駅から歩いて10分ほど。
ちょっと足を伸ばすと、ゆったりとした空気が流れる神社にたどり着きます。

それが「河堀稲生神社(こぼれいなりじんじゃ)」、通称「河堀の宮(こぼれのみや)」。
地元の人に長く愛されてきた神社には、知られざる深い歴史と、あたたかな物語が残されています。

古代の英雄・ヤマトタケルとゆかりのある神社

神話の時代にさかのぼる河堀稲生神社のはじまりは、あの日本武尊(ヤマトタケル)が九州遠征に向かう途中、この地に立ち寄ったことから始まります。

このとき舟師としてお供をしたのが、夏目入穂の孫・逆輪井。
その妻の日柿日夜は、皇子の無事を願って大和の笠縫の斎宮に参り、倭姫命(やまとひめのみこと)から太玉串を授かってお祀りしたと伝わります。

やがて2年続けて豊作に恵まれ、皇子もご無事だったことから、逆輪井はこの地を神地として賜り、稲生の神をお祀りするようになったといいます。
景行天皇の御代、己亥の年の秋のこととされています。

今では、厄除開運の神社としても信仰を集めています。

名前の由来は、川を“こぼした”ことから?

河堀(こぼれ)というちょっと変わった名前の由来は、川の工事にまつわるもの。
この地は、もともと「古保礼(こぼれ)」と呼ばれていました。延暦7年(788年)、和気清麻呂が河内と摂津の境に川を掘り、堤を築く大工事に取りかかったとき、この神社に祈願したといいます。
それ以来、「河堀」と書いて「こぼれ」と読むようになり、あたり一帯は河堀口と呼ばれるようになりました。

そんな歴史が今も地名や神社の名に残っているって、なんだかロマンを感じませんか?

五穀豊穣の神さまと崇峻天皇をおまつりしています

お祀りされているのは、宇賀魂大神(うかのみたまのおおかみ)、第32代の崇峻天皇(すしゅんてんのう)、素盞嗚尊(すさのおのみこと)の三柱。

第16代仁徳天皇の時代には、9月9日にその年の初穂を供える「豊年初穂祭」と、翌年3月3日の「籾種授与祭」が、神社の大切なお祭りとして定められたと伝わります。
自然のめぐみを大切にする心を感じられる場所です。

四天王寺の“七宮”のひとつとしても知られています

実はこの神社、聖徳太子が四天王寺を建てたときに定められた「四天王寺七宮」の一社でもあるんです。

四天王寺の創建とともに社殿が建てられ、第32代の崇峻天皇を、それまでの稲生大明神とあわせてお祀りするようになりました。
江戸時代には「崇峻天皇社」として知られていたことが、境内の石碑に記されています。

なお、久保神社や大江神社などの由緒では、同じ七宮が「天王寺七宮」と呼ばれています。

同じ七宮の久保神社、大江神社、堀越神社とあわせて、ぜひ河堀の宮にも立ち寄ってみてくださいね。

大阪冬の陣・夏の陣をくぐり抜けてきた歴史

大阪の陣では、神社が戦火を逃れるために移されたり、宝物が奪われたり…という悲しい歴史もありました。

それでも信仰は絶えることなく、時を超えて今もこの場所にしっかりと根を張っています。

今では近所のおまいりスポットとしても親しまれています

河堀の宮は、地元の人にとっては日常のおまいりスポット。

境内は立派な木々に囲まれていて、日陰を抜ける涼しい風も心地よく、朝のさんぽにもぴったり。

大正時代の古書に残る河堀稲生神社【大正の記録】

大正15年(1926年)の『大正大阪風土記』では、「河堀神社」の名で紹介されています。所在地は河堀町で、道案内は、今はない市電の大道三丁目停留場から北へ100メートル。

当時の社格は村社で、氏地は旧河堀村、四天王寺の東南部。

同書によると、天王寺にはもともと七つのお宮があり、明治40年(1907年)と41年(1908年)に、そのうち3社が大江神社に合わせられて、当時は4社になっていたとのこと。
お祀りされているのは聖徳太子にゆかりのある方が多く、河堀神社もそのひとつで、「河堀稲荷社」とも呼ばれていたと記されています。

祖霊社の裏手に並ぶ石碑と曲がりくねった木々【参拝メモ】

2026年10月に参拝しました。数段の階段を上がったところにあり、玉垣(たまがき:神社の周りにある柵)に囲まれているので、低めの石垣の上に鎮座しているような神社です。
裏手には公園が隣接していて、境内は立派な木々に囲まれた、緑豊かな印象です。

凛々しい狛犬が見守る鳥居をくぐって境内へ。石畳の先の正面にある、味わい深い拝殿でまずお参り。
拝殿の横手には、「崇峻天皇社」という文字と説明が書かれた、新しそうな石柱が立っています。

あとで調べると、「崇峻天皇社」は河堀稲生神社が古くから呼ばれていた名前で、石柱は令和5年(2023年)2月に地元の宮町天皇講が建てたものでした。江戸時代に「宮町」と呼ばれたこのあたりの人々が、崇峻天皇の掛軸の前に集まってお祀りを続けてきたことも刻まれています。

拝殿横の社務所のチャイムを押すと、男性の方が出てこられたので、御朱印をお願いしました。
待っている間も、境内の木のおかげで全体が日陰になっていて、涼しい風を感じられました。

御朱印をいただいてから、拝殿の反対側へ。
そこには、提灯に「若宮社」とある「若宮八幡宮」のお社があり、中には御祭神として「應神天皇」「仁德天皇」のお名前が書かれていました。

その隣には、「櫻木大神」と書かれた提灯と、お狐さまの描かれた提灯が下がるお社。
こちらのお社の前には少し朽ちている狛犬もいて、長い年月を感じます。

さらに「祖霊社」もあり、お社の裏手には、いろいろな石碑や曲がりくねった木々も。
すごく気になったのですが、近づけないようになっていました。

ほかの場所にも石碑があったり、竹林も少しあったりと、歴史と緑を感じる神社でした。

おわりに:ちょっと昔に想いを馳せながら、おさんぽ時間を

歴史の重みと、地域のあたたかさがぎゅっとつまった河堀の宮。
「ちょっと疲れたな」と思った日に、緑に囲まれた境内で深呼吸してみてください。

心がスッと軽くなるような、そんな時間があなたを待っています。

主祭神 [神社の中心的な神様]
  • 宇賀魂大神
  • 崇峻天皇
  • 素盞嗚尊
御神徳 [神様から授かる恵みやご利益]
  • 商売繁盛
  • 五穀豊穣
  • 厄除開運

 

開運

河堀稲生神社(河堀ノ宮)

住所:大阪府大阪市天王寺区大道3-7-3
アクセス:JR寺田町駅西へ400M
電話番号:06-6771-6513


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