綱敷天神社 御旅社【大阪市・北区】

茶屋町のビルに囲まれて、ひっそりと佇む綱敷天神社 御旅社(おたびしゃ)。
阪急梅田駅からすぐという街のまんなかにありながら、ここには1100年前の物語が残されています。

菅原道真公が、この地に咲く紅梅に目をとめ、船の綱を丸く敷いて座り、花を眺めたという故事。
「綱敷」という社名は、ここから生まれました。

御祭神は菅原道真公。境内には、縁結びの神さまとして親しまれる玉姫稲荷神社も鎮座しています。
買い物や待ち合わせの合間に、ふらっと立ち寄れる“街なかの天神さま”です。

茶屋町のビル街に、ひっそりと佇む天神さま

阪急梅田駅からほど近い茶屋町。
おしゃれなお店やビルが立ち並ぶこのエリアに、階段を数段のぼった先の小さな境内があります。

それが「綱敷天神社 御旅社」。
神山町にある御本社、角田町の歯神社とあわせて、三社で一つの神社を形づくっています。

「御旅社」って、どういう意味?

「御旅所(おたびしょ)」とは、神さまの別荘のような場所のこと。
夏の渡御祭のときに、御本社の神さまがこの街を見まわり、お休みになるためのお社です。

ただ、多くの御旅所が祭りのときだけ設けられる仮のものであるのに対して、ここは違います。
社殿も境内もある、れっきとした一つの神社。
そのため「御旅所」ではなく「御旅社」と呼ばれているのだそうです。

前身は「梅塚天満宮」。紅梅と綱敷の物語

延喜元年(901年)、無実の罪で大宰府へと左遷される途中の菅原道真公が、この梅田の地で満開の紅梅に目をとめられます。
そして、乗ってきた船の艫綱(ともづな/陸と船をつなぐ綱)を丸く敷いて座り、その上から花を眺められたと伝わります。

「綱を敷く」――この故事が、「綱敷天神社」という社名の由来になりました。

道真公が去ったのち、その紅梅の樹の下に小さな祠が建てられ、「梅塚天満宮」と呼ばれるようになります。
これが、御旅社の前身です。

ちなみにこの紅梅こそ、「梅田」の“梅”の字の由来になったともいわれています。

明治の混乱を越えて、茶屋町へ

梅塚天満宮は、もともと御本社の南にありました。
ところが明治のはじめ、神仏分離令や上知令によって土地が国に没収されてしまいます。

いったん西天満へ移り、その後「茶屋町の氏神さまとしてお迎えしたい」と土地の寄進があって、今の場所に落ち着きました。
さらに阪急線の拡張にともなって、境内の整備も二度行われたのだとか。
梅田の近代化の波を、まともに受けてきたお社なんですね。

現在の社殿は昭和59年(1984年)の再建。
旧社殿が古くなったことに加え、この地を何度も襲った淀川の洪水から御神体を守るため、建て直されたものです。

境内は参道だけ。それでも、れっきとした境内

御旅社の境内は、とても狭く、参道の分しかありません。
公式サイトでも「都会の神社ならではの悩み」と書かれているほどです。

それでも、鳥居の前には狛犬が控えています。
新しく見えますが、実は100年近く前のものなのだそう。

なでれば癒える? 牛と天神さま

狭い境内ですが、天神さまのお社らしく牛の石像も鎮座しています。
道真公がお生まれになったのが丑年であることなどから、牛は天神さまのお使いとされ、お願いごとを取り次いでくれると信じられてきました。
頭が良くなりたい人は頭を、足を治したい人は足を。自分の願うところをなでると御利益があるといわれています。

実はこの梅田では明治時代まで、日ごろ働く牛への感謝と、子どもの病気よけを願って、5月5日に花飾りをつけた牛を放牧する「牛の藪入り」という行事がありました。
その名残から、今も玉姫稲荷神社の例祭日(5月5日)には、神牛像に花飾りをつけてお祝いしているのだそうです。

縁結びの玉姫稲荷神社も

境内には末社の「玉姫稲荷神社」が鎮座しています。
御祭神は玉姫稲荷大神(宇迦御魂大神)。

境内の石碑によると、古くから芸能上達、良縁、商売繁昌、無病息災、家内安全の守護神として、多くの女性の信仰を集めてきたのだそうです。
御本社に菅原道真公をお祀りしている縁から、今では学問の神さまとしても崇められています。

御朱印は土日の午後に。列に並んで見つけた御守【参拝メモ】

2026年9月、御本社にお参りしたときに「綱敷天神社・御旅社・歯神社の御朱印は御旅社で、土日の13時〜17時」という案内を見つけ、あらためて出直しました。

13時過ぎに着くと、すでに10人ほどの列。
梅田のまんなかだし、連休初日の土曜だからかな、と思いながら並んでいると、「ゴジラ御守は一人一体まで」の張り紙が。なるほど、これですか。

せっかくなので、三社の御朱印とゴジラ御守をお願いすることに。
御朱印は20分ほどかかるとのことで、受付カードをいただき、待ち時間で先に歯神社へお参りへ。
戻ってくるとちょうど20分ほどで、列はもう解消していましたが、参拝の方はちらほら。
お子さん連れの方が「ゴジラ御守、ひとつください」と声をかけておられました。

茶屋町は学生時代によくうろついていた場所。
今はなき梅田ロフトやマクドナルドに通っていたので、御旅社の存在には気づいていたのですが、お参りするのは今回がはじめてでした。
階段をのぼってお参りするという形は、北区界隈では珍しいかもしれません。

子どもたちへ贈る「ゴジラ御守」

御旅社には、ちょっと驚く御守があります。その名も「ゴジラ御守」。

きっかけは、平成5年公開の映画『ゴジラVSメカゴジラ』。
ゴジラが梅田・茶屋町を通るシーンに、御旅社の背面が映り込んでいたのだそうです。
それから30年という節目に、子ども向けの御守として作られました。

表にはカタカナで「オマモリ」の文字とゴジラ、裏には観覧車やちゃやまちアプローズといった梅田の風景と、御神木の梅の花。
「自分の足で歩くゴジラのように、自分の歩みを大切にしてほしい」という願いが込められているそうです。

なお、在庫がなくなり次第お休みとなるため、時期によってはお受けできない場合もあります。

かつては一面の菜の花畑だった、茶屋町

今ではビルの街となった茶屋町ですが、名前の由来をご存じでしょうか。

昔、この神社の裏手を通る旧街道に、休憩のためのお茶屋が三軒あったことから「茶屋町」と呼ばれるようになったと伝わります。
今も「鶴乃茶屋」と刻まれた石碑が残っていて、当時をしのばせます。

明治のはじめ頃までは、あたり一面の田園風景。
「菜の花や 月は東に 日は西に」と与謝蕪村が詠んだ、あの景色が広がっていたのだそうです。

おわりに:買い物の合間に、1100年前の物語へ

ビルに囲まれた小さな境内に、これだけの物語が積み重なっている。
そう思うと、いつもの街の景色が少し違って見えてきます。

茶屋町へお出かけの際は、階段を数段のぼって、そっと手を合わせてみませんか。

主祭神 [神社の中心的な神様]
  • 菅原道真公
御神徳 [神様から授かる恵みやご利益]
  • 学業成就

 

開運

綱敷天神社 御旅社

住所:大阪府大阪市北区茶屋町12-5
アクセス:阪急電車茶屋町口降りて3分
JR大阪駅降りて10分
古本屋街「かっぱ横丁」東側すぐ
開門時間:6:00~18:00頃
電話番号:06-6371-1586


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