一生に一度の願いを聞いてくれる堀越さん – 聖徳太子ゆかりの堀越神社【大阪市・天王寺区】
堀越神社【大阪市・天王寺区】
大阪市天王寺区、茶臼山の地に鎮座する堀越神社。
聖徳太子が四天王寺を建てたのと同じころ、叔父にあたる崇峻天皇を偲んでお祀りしたと伝わる、とても古いお社です。
古くから大阪では「堀越さんは一生に一度の願いを聞いてくださる神さん」といわれ、大切な願いをひとつ胸に、今も多くの人がお参りに訪れます。
境内には、熊野詣の出発点だった「熊野第一王子之宮」や、徳川家康ゆかりの茶臼山稲荷神社、樹齢550年以上といわれる楠のご神木も。
天王寺駅から歩いて行ける場所で、大阪の長い歴史にふれられる神社です。
聖徳太子が、叔父・崇峻天皇を偲んで建てたお社
推古天皇の時代、摂政だった聖徳太子が、叔父の崇峻天皇の徳を偲び、四天王寺を建てるのと同時にこの地にお社を創建したのが始まりと伝わります。
「四天王寺七宮」のひとつにも数えられ、同じ七宮の大江神社、久保神社、河堀稲生神社も近くにあります。
御祭神は第32代の崇峻天皇。あわせて、皇后の小手姫皇后、皇子の蜂子皇子、皇女の錦代皇女もお祀りされています。
「堀を越えて」お参りしたことから「堀越」の名に
明治の中ごろまで、境内の南側にはきれいな堀があり、参拝者はこの堀を越えてお参りしていたことから、「堀越」の名がついたといわれます。
「一生に一度の願いを聞いてくださる」という言い伝えにちなみ、願いごとをひとつだけ短冊に書いてお守り袋に納める「ひと夢祈願」も受けられます。
また大阪では、男性の42歳の厄年に、東向きに建つ神社へお参りすると厄除けになるという言い伝えがあり、堀越神社にも毎年多くの方がお参りされているそうです。
崇峻天皇と、皇后・皇子の物語
崇峻天皇は欽明天皇の皇子で、587年に即位。蘇我氏が大きな力を持っていた時代で、天皇は大臣の蘇我馬子をおさえようとしましたが、反対に命を落とされたと伝わります。
父を失った蜂子皇子は、ひそかに大和を離れて東北へ向かい、のちに出羽三山(山形県)を開いたとされる方。
皇后の小手姫も皇子のあとを追って東北へ向かい、福島の地で人々に養蚕を伝えたといわれています。
熊野詣の出発点「熊野第一王子之宮」
平安時代、「蟻の熊野詣」といわれるほどにぎわった熊野詣。
京の都から淀川を船で下った人々は、上町台地に上がる天満の港にあった「第一王子之宮」にお参りし、お祓いを受けてから熊野へと旅立ったといわれます。
この王子社は、その後、四天王寺の西門の鳥居近くにあった熊野神社にお祀りされていたと伝わり、大正4年(1915年)に堀越神社に合祀されて、今の「熊野第一王子之宮」になりました。
春の例大祭の日(4月第3日曜日)には、熊野社花祭が行われます。
熊野の神さまのお使いは、三本足の八咫烏(やたがらす)。日本サッカー協会のシンボルマークとしてもおなじみです。
熊野街道を南へたどると、王子社が元の場所に残る大阪府内でただひとつの神社、阿倍王子神社もあります。
境内のお社と、樹齢550年以上のご神木
ご神木のそばに鎮座する「太上神仙鎮宅霊符尊神(たいじょうしんせんちんたくれいふそんしん)」は、「ちんたくさん」とも呼ばれる、お守りやお札の元祖の神さま。
陰陽道で宇宙の根源とされる神さまで、家を鎮めることがいちばんのご神徳とされ、節分と七夕には大祭が行われます。
「茶臼山稲荷神社」は、もとは茶臼山の山頂にお祀りされていた商売繁盛の神さま。
大坂夏の陣で徳川家康が白狐に危機を救われたことから、家康があつく信仰したと伝わります。
「黒龍社」「白龍社」は、黒い蛇・白い蛇の神さま。
蛇は古くから神聖な生き物とされ、事業発展のご利益があるといわれます。
ご神木は、樹齢550年以上といわれる楠。
何度もの落雷や2度の大火にも耐えてきた木で、昭和40年(1965年)、谷町筋の拡幅工事と地下鉄谷町線の工事にあわせて、今の場所へ移されました。
移すときに空が急に曇った様子は、新聞にも載ったのだとか。
浪花狛犬と、大坂の陣の古戦場・茶臼山
鳥居の横の狛犬は、昭和45年(1970年)に再建された浪花狛犬。
もとは寛政12年(1800年)に奉納された狛犬が拝殿前にいましたが、空襲で壊れてしまい、その姿のまま作り直されました。
吽形の頭には小さな角もついています。
先代の狛犬も、本殿の南側で今も守りについているそうです。
神社のある茶臼山は、大坂冬の陣・夏の陣の古戦場としても知られる場所。
江戸時代には、大坂城代が新しく着任すると、茶臼山の家康の陣所跡に敬意を表し、そのたびに堀越神社にもお参りしたと伝わります。
大正時代の古書に残る堀越神社【大正の記録】
大正15年(1926年)に出た『大正大阪風土記』にも、堀越神社が載っています。所在地は「茶臼山町」で、道案内は「茶臼山停留場の北50メートル」。
神社はもとの「堀越村」の氏神で、明治維新の前までは、四天王寺の明静院がお祭りを行っていたと書かれています。
千本鳥居の途中で出会った、先代の狛犬【参拝メモ】
2026年10月に参拝しました。天王寺の地下街「あべちか」の6番出口から出ると、本当にすぐの距離にある神社です。
天王寺エリアの神社仏閣巡りは海外の観光客にも人気のようで、この堀越神社にも海外の方の姿がちらほら見られます。
数段の階段をのぼり、鳥居をくぐって境内へ。境内は木々に覆われている感じで、外とはガラッと雰囲気が変わります。
そこから比較的すぐの距離に、拝殿が鎮座されています。
ちょうどお昼を過ぎたぐらいの時間だったためか、数人が並んで参拝を待たれていました。
お参りをすませ、鳥居の脇にある社務所へ。
「堀越神社」と「熊野第一王子之宮」の御朱印をいただけるということで、両方お願いしました。
受け取って振り返ると、数人の列ができていました。
拝殿の左手には、「茶臼山稲荷神社」の千本鳥居(朱色の鳥居が連なる参道)があり、お社へと続いています。
ちょうど千本鳥居の中間あたりは小さな庭のようになっていて、石碑などがありました。ふと見ると、一対の古そうな狛犬さんが。
あとで調べると、寛政12年(1800年)に奉納され、空襲で壊れて引退した、先代の狛犬のようです。
戻って拝殿の右側のエリアへ。
「熊野第一王子之宮」のお社や、カエルの形に見える「かえる石」、「黒龍社」「白龍社」、めちゃくちゃ古そうな「御神木」、そのそばの「太上神仙鎮宅霊符尊神」のお社もありました。
ほかにもいろんな石碑があって、小さな森を探索している気分を味わえました。
天王寺駅からすぐのところですが、しっかり別世界感があって、すっきりできる神社でした。
大切な願いをひとつ胸に、茶臼山の堀越さんへ
天王寺駅の地下街「あべちか」の一番近い出口からすぐ。
にぎやかな駅前から一歩入ると、聖徳太子の時代から続く歴史と、熊野詣の記憶が残る境内にたどり着きます。
大切な願いをひとつだけ胸に、手を合わせてみてはいかがでしょうか。
- 崇峻天皇
堀越神社
(地下街「あべちか」6番出口からすぐ)
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