スサノオを祀る大阪市内の神社|ヤマタノオロチを退治した神さま
もくじ
スサノオってどんな神さま?
スサノオは、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟神。神話では、高天原で大暴れして追放されたあと、出雲の国でヤマタノオロチを退治し、助けた奇稲田姫(くしなだひめ)と結婚したことで知られています。
そのとき詠んだとされる「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」は、日本で最初の和歌ともいわれます。
荒々しさとやさしさの両方をあわせ持つ神さまで、厄除けや災難除け、そして結婚や夫婦の守り神としても信仰されています。
名前の書き方がいろいろあるのはなぜ?
スサノオは、神社によって書き方がさまざまです。
- 須佐之男命(すさのおのみこと)
- 素盞嗚尊・素戔嗚尊
- 素盞烏尊・須佐之男尊 など
これは、『古事記』と『日本書紀』で書き方が違うことや、神社ごとに伝えられてきた表記がそのまま大切にされているため。どれも同じ神さまです。このサイトの記事では、それぞれの神社の由緒の書き方に合わせています。
大阪市内に「八坂」「素盞嗚尊」の名前の神社が多い理由
江戸時代までは、スサノオは「牛頭天王(ごずてんのう)」という、疫病を除く神さまと同じ神とされ、「牛頭天王社」や「祇園社」と呼ばれる神社がたくさんありました。
明治時代のはじめに、神さまと仏さまを分ける「神仏分離」が行われると、多くの牛頭天王社が「八坂神社」や「素盞嗚尊神社」などに名前を改めました。このサイトで紹介している神社にも、そんな歴史をもつところがいくつもあります。
- 八阪神社(中道八阪神社・玉造戎神社・玉造の戎さん)(東成区):牛頭天王・白山権現 → 明治5年(1872年)に八阪神社へ
- 八坂神社(海老の宮)(福島区):牛頭天王社 → 明治のはじめに八坂神社へ
- 素盞烏尊神社(浦江八坂神社)(北区):牛頭天王社・祇園社 → 明治5年(1872年)に素盞烏尊神社へ
- 須佐之男尊神社(関目神社)(城東区):牛頭天王 → 明治4年(1871年)に須佐之男尊神社へ
ちなみに、大阪の夏祭りが盛んなのも、夏に流行りやすい疫病を祓う「祇園信仰」の流れをくむといわれています。
スサノオを祀る大阪市内の神社一覧
北区
- 素盞烏尊神社(浦江八坂神社):伊勢斎宮の御祓の地と伝わる
- 八阪神社(大仁八阪神社):土の中から霊石が現れたと伝わる
都島区・福島区・西淀川区・淀川区
- 八坂神社(海老の宮)(福島区):結婚守護・夫婦円満の神さまとして信仰
- 鼻川神社(西淀川区)
- 塚本神社(淀川区)
中央区・西区
- 鵲森宮(森之宮神社)(中央区):聖徳太子の父・用明天皇を祀る日本唯一の宮
- 土佐稲荷神社(西区)
天王寺区・浪速区
- 三光神社(天王寺区):真田幸村ゆかりの真田山の宮
- 河堀稲生神社(河堀ノ宮)(天王寺区)
- 大江神社(天王寺区)
- 難波八阪神社(浪速区)
- 今宮戎神社(浪速区)
- 敷津松之宮(大国主神社)(浪速区)
大正区
東成区・生野区・城東区
- 八阪神社(中道八阪神社・玉造戎神社・玉造の戎さん)(東成区):藤原道長の別邸から始まったと伝わる
- 八王子神社(東成区):龍神さまも鎮まる、古くは「椿の宮」
- 熊野大神宮(東成区)
- 生野神社(生野区)
- 清見原神社(生野区)
- 須佐之男尊神社(関目神社)(城東区):大坂の鬼門を守る関目の社
阿倍野区・住吉区・東住吉区・平野区
- 阿倍王子神社(王子神社)(阿倍野区)
- 止止呂支比賣命神社(若松神社・若松宮)(住吉区)
- 素盞鳴尊神社(鷹合神社)(東住吉区)
- 阿麻美許曽神社(東住吉区)
- 天神社(桑津天神社)(東住吉区)
- 山阪神社(東住吉区)
- 瓜破天神社(平野区)
- 旭神社(平野区)
- 杭全神社(平野区)
※主祭神としてお祀りしている神社のほか、相殿や境内社にスサノオをお祀りしている神社も含みます。

