安倍晴明神社【大阪市・阿倍野区】

大阪市阿倍野区、もと熊野街道に面して鎮座する安倍晴明神社。平安時代の陰陽師・安倍晴明公をお祀りし、晴明公が生まれた地と伝わる場所です。

本社の阿倍王子神社から北へ約80メートル。阿倍王子神社の飛地境内社として、今も大切に守られています。

境内には「安倍晴明誕生の地」の碑や、産湯に使ったと伝わる井戸の跡など、晴明公ゆかりのものがあちこちに。小説や映画で晴明公を知った方も、ここで伝説の始まりにふれてみませんか?

阿倍王子神社の飛地境内社、安倍晴明神社

安倍晴明神社(あべせいめいじんじゃ)は、本社の阿倍王子神社から北へ約80メートルのところにある、飛地境内社(本社の境内から離れた場所にあるお社)です。
人物の名前は「あべのせいめい」と読まれることが多いのですが、境内の掲示では神社名に「あべせいめいじんじゃ」とふりがなが振られています。
本殿は境内の東の端に、西側を通るもと熊野街道のほうを向いて建っています。

平安の天文博士・安倍晴明公をお祀りして

社伝によると、神社が創建されたのは寛弘4年(1007年)。晴明公が亡くなって2年後のことと伝わります。
晴明公は、古代の豪族・阿倍氏の出身。京都で陰陽家の賀茂忠行・保憲親子に学び、天文や暦、占いの術をきわめて、天文博士や播磨守などを務めました。
その占いは「百占百中」といわれるほどで、花山天皇の退位を言い当てたことや、大江山の鬼退治を導いたことでも知られているのだとか。

葛之葉姫と、晴明公誕生の物語

晴明公の誕生には、「葛之葉子別れ」と呼ばれる伝説があります。
父の安倍保名が和泉の信太明神(聖神社)にお参りしたとき、助けた白狐が葛之葉姫となって保名と結ばれ、この阿倍野の地で晴明公が生まれたといわれます。
境内には、神社に伝わる「葛之葉姫図」をもとに絵を刻んだ碑も奉納されています。
本社の阿倍王子神社には「葛之葉稲荷神社」もあり、ふたつのお社をあわせてめぐると、物語の世界がぐっと身近に感じられそうです。

境内に残る、晴明公ゆかりの碑と井戸

「安倍晴明誕生の地」の碑は、江戸時代の文政年間に、泉州堺の住人が建てたもの。神社が衰えていた明治のころ、境内に残っていたのはこの碑だけだったといいます。
そのそばには「安倍晴明公産湯井(うぶゆい)の跡」も。江戸時代の『摂津名所図会』にも、産湯井の図が描かれているそうです。
「鎮石(しずみいし)」は、古代の船の錨(いかり)だった大石。船を鎮めるという意味から安産を祈る石になり、「孕み石(はらみいし)」とも呼ばれています。
手水舎の井戸の水は「晴明水」。晴明公が五龍神に祈って大雨を降らせたという雨乞いの言い伝えにちなみ、地域の人々に大切にされてきました。

大正の社殿は、国の登録有形文化財

創建のあと、治承2年(1178年)と寛政年間(1789〜1801年)に改築され、江戸時代には大坂城代が交代するたびにお参りし、古文書を拝観するのが習わしだったと伝わります。
その後は衰えてしまいましたが、大正14年(1925年)、阿倍王子神社の社司と氏子・崇敬者の協力で今の社殿が造られ、再興されました。
令和2年(2020年)には、本殿・拝殿・幣殿・透塀が国の登録有形文化財に。
高い石積みの基壇の上に建つ本殿は、元奈良県技師で、法隆寺の大修理にも携わった吉田種次郎の設計。古い時代の寺社の様式を取り入れた細やかな装飾が見どころです。

大正時代の古書に残る安倍晴明神社【大正の記録】

大正15年(1926年)に出た『大正大阪風土記』の阿倍王子神社のページには、参考として安倍晴明神社も紹介されています。
晴明の誕生地の跡に「昨今」社殿ができたと書かれていて、再興されて間もないころの記録だとわかります。
その社殿を、本では「壮麗」と表現。今は国の登録有形文化財となった社殿が、できたばかりのころから目を引く建物だったことがうかがえます。

晴明公ゆかりのものがギュッと詰まった境内【参拝メモ】

2026年10月に参拝しました。大きな道路から細い路地を曲がると、すぐの距離にある神社です。
大きな道路には「安倍晴明神社 ここより西入る」と書かれた、小さく古い看板があります。
実は前回、このあたりの神社を巡っていて、阿倍王子神社には参拝したのですが、安倍晴明神社が近くにあることを知らず、この看板の前も通ったのに、まったく気づきませんでした。

路地を曲がり、神社の横の道を回って表の鳥居へ。鳥居の脇には「安倍晴明神社」の石柱、反対側には「安倍晴明生誕伝承地」の石柱があり、五芒星と「安倍晴明神社」の文字が入った幟が立っています。
誰がなんと言おうと、「安倍晴明」にまつわる神社ですね。

鳥居をくぐると、左手に手水舎。気になるものを横目に社務所の前を通ると、中にいらした女性の方と目が合い、会釈を。
そのまま奥へ進み、木の茶色をベースにしたレトロな雰囲気の本殿でご参拝。

社務所で先ほどの方に御朱印をお願いすると、「出来ましたらお呼びしますので」とのこと。そのあいだに、気になる境内を拝見することに。

何と言っても、社務所の向かいにどっしり鎮座されている「安倍晴明公像」。
真っ黒な素材の像で、笏(しゃく:手に持つ細長い板)と浅沓(あさぐつ:つま先部分が大きく「ぽっこり」と反り上がった履物)だけが金色。存在感が半端ないです。

その隣には、石柱の上にお狐さまが飛び降りてきたような像が。
こちらも真っ黒な素材で、首には和柄のスカーフのようなものを巻いています。
あとで調べると、「葛之葉霊狐飛来像」という名前で、晴明公の母とされる葛之葉が、信太の森から飛んでくる姿を表したものなのだとか。

さらに「葛之葉姫図」の石碑、「産湯井の跡」、「安倍晴明誕生の地の碑」、「鎮石(孕み石)」が並び、保存樹林のくすのきも立派に立っておられます。
鳥居を入ってすぐ右手には、「泰名稲荷神社」が鎮座されています。
あとで調べると、江戸時代からお祀りされているお社で、晴明公の伝説上の父・安倍保名にちなんだ名前なのだとか。
お祀りされているのは、保名ではなくお稲荷さんの神さまだそうです。

ひととおりお参りを済ませたところで、社務所の方と目が合い、御朱印を受け取りに。
窓口でお狐さまの「葛の葉きつねおみくじ」を見つけ、おひとつ我が家へお迎えすることにしました。
お狐さまが持っている、五芒星の書かれた丸いものは「智慧の玉」だと、先ほどの女性の方が教えてくださいました。

阿倍王子神社の飛地境内社ということもあってか、大きな敷地の神社ではありませんが、安倍晴明公にまつわるものがギュッと凝縮されていて、満足度の高い神社でした。

晴明公の物語が始まった地へ

もと熊野街道沿いの境内には、千年以上前から語り継がれてきた晴明公の物語が、碑や井戸、石のひとつひとつに残っています。
本社の阿倍王子神社とあわせて、ゆっくりめぐってみてはいかがでしょうか。

主祭神 [神社の中心的な神様]
  • 安倍晴明公
御神徳 [神様から授かる恵みやご利益]
  • 学術技芸
  • 火難災除
  • 安産

 

開運

安倍晴明神社

住所:大阪府大阪市阿倍野区阿倍野元町5-16
アクセス:阪堺上町線東天下茶屋駅から徒歩約5分(阿倍王子神社の北約80m)
社務所受付時間:11:00~16:00
電話番号:06-6622-2565


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